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洋服は着せても恩は着せない。

恩を着せるという行為が私はとても嫌いだ。


恩を着せることも、着せられることも嫌い。



恩を感じて欲しいなんて思いながら人と接することは生徒だとしても、まず無い。有り得ない。



恩というものは対する相手側が自分の気持ちで自然と感じるものだ。





“あの時ああしてやったのに”
とか、
“恩を仇で返しやがって”
なんて言葉が嫌いでならない私は、
その様な発言をする人は信用しないし、
尊敬できない。

そもそも人間関係に見返りを求めることがおかしいことだ。

そういう人は結局は自分が何より可愛くて、
自分が傷付きたくないという気持ちが強い。




 
生徒達に時間を割いてアドバイスすることも、
相談に乗ることも、
音楽の上達をサポートすることも、
一緒にごはんを食べたり買い物したり、
時にはメイクしてあげたり、
洋服をあげたり、
コーディネートしてあげたり、
一緒に喜んだり悲しんだり、時には苦しんだり悩んだりすることも、
私は少なからず全て自分の意思でやっていること。


だから、相手の気持ちが私の気持ちと反したとて腹も立たない。

だって相手の事を思ってやったことも自分の意思で行ったこと。

人間違えば皆選択も違う。

そもそも自分の思うように相手を操ろうだなんて気持ち自体烏滸がましい。

思いや選択が違えば、意見が合致しなくても当たり前なこと。

それを無理強いする権利など誰にもない。






例えば親に甘やかされて育った人間を指導することも正直大変だけど、
我思うように人を強引に操ろうとする人間はもっと大変だ。


そこからは信頼関係も絆も生まれない。



私はその人に似合った服は着せても、
トレンドのメイクはできても、
恩だけは着せない。


死ぬまでそんな人でありたいです。



人に恩を着せたかもと心当たりがある人は、
それが自分ではなく相手にとって本当に必要なことかどうか自分に問い、

恩を着せられた人は、
その相手の発言に心があったか、
愛情を感じることができたか考えることだ。



でも恩を着せる人との付き合いには限りがあると
私個人としては思ってます。


恩は自分の心で深く感じたい。
そして、そんな相手にしっかり恩返ししたいですね。



何があったわけでもないんだけど、
こんな気持ちをいつまでも忘れずに持ち続けて、
またこの記事を読み返せるように書いておこう。

それではおやすみなさい🌛
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by voiceTOMO-on-ami | 2017-11-17 02:58 | 捧げるコトバ<しあわせぼいす>
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