voiceTOMO Official Blog


voiceTOMO
by voiceTOMO

2年前の今日の、このくらいの時間。

2年前の今日、
新年会だと色んなお店をハシゴしてお酒を浴びて、
どこかにお財布の入った鞄を無くし、
寒い冬の夜に、
大量に浴びたお酒のアルコールは微かに抜け、
寒さが余計に身に凍みたのでしょう、
帰宅し直行、熱いお風呂にご機嫌に入り、
そのままご機嫌な笑みを浮かべたまま、
父は浴槽の中で発作を起こし、そのまま息を引き取ったようです。







翌朝、母がお風呂に入ろうと風呂場に入ると、
浴槽に気持ち良さそうに浸かる父に、
母は疑うことなく眠っているのだと少し腹を立て起こしたけれど、
起きることはなかった。







1月11日縁起のよい日に彼の存在はこの世からなくなった。

けれど正直、
母には夫らしいこともせず、
子供たちには父親らしいことをしたことのなかった父を、
ワタシも兄達も父親だと認めることができず、死してもその思いは変わらなかった。




世間体ばかり気にし、
他人にばかり笑顔を振り撒き、
お金を振り撒き、
弱い者に強く、
強い者に弱く、
お酒が入ると手をあげる、
そんな父のようには絶対になりたくない。



そう強く思って生きてきました。


だからといって、
自分さえ良ければいい。
自分の家族さえ良ければいい。
という人間もワタシは好きではありませんが、


人の気持ちを踏み潰す、人の心を平気で裏切る。

そんな人間にだけはなりたくない。


父は酷い人間だ。

そう思って生きてきたんです。








この世から消えてしまっても、
そんな気持ちは拭えませんでした。


友達や知人、親戚の立派に見えるお父さんがとても羨ましかったのは小さい頃から大人になっても変わらず憧れのように感じていたし、
又、逆も然りで、
人様の父親でも情けない場面に遭遇すれば、うちと同じようなものじゃないか。。。と、
冷めた気持ちになっていた。




やられた事を無かったことにはできない。
そう簡単には消えないもので、それは仕方のないことだ。
そう思っていました。





でも、
そんな父親らしいことをしたことのないワタシの父はこの世にはもう居ません。





今、穏やかな暮らしの毎日の中、
ワタシの憧れる父親像というのはきっと頭のどこかに今もあって、
それはこの先も叶うことのないモノだからこそ、
憧れは死ぬまであるのだと思うけれど、





父の死から2年経って、
今、漸く父においての全てのことが過去のことであり、
不甲斐ない父であり、家族には迷惑しかかけてこなかったけれど、
これが現実で、
不甲斐ない父は紛れもなくワタシの父親だったのだと今は思っています。



そして、そんな父から、
反面教師であったとしても
人としてのあり方を学んだんだと思っています。


学んできたからこそ、
こうしてこんな沢山の大切な人達との時間が当たり前のようにワタシにあって、
この現実に強く存在しているんだと感じているんです。



ワタシは小さな人間で、
恨むという感情を抱いたことがあるからこそ、分かります。

恨むことはしんどいことです。
恨む気持ちは自分の気持ちを責める行為でもあります。

本当は抱かずにいたい感情に間違いありません。






父に対して、
そんな気持ちから漸く解放されたのは、
ワタシが大人になったからなのか、
時の流れが心を癒してくれたのか、、、
現実だったのか夢だったのか、、、そんな遠い記憶にしてくれる時間というものに今は感謝しています。






今は父を責めてはいません。

けれど、
責めないから、その分迷惑しかかけてこなかった母の、
母の現実の毎日が長く太く楽しく豊かなものに貴方がして下さい。と父に祈っています。






今日は起きたら、主人と父の墓参りに。






漸く、父の墓に自分の意思で足が向くようになりました。







ワタシも少しは大人になれてきてるのかねぇ、、、勝之さん。





お酒は貴方を特に駄目にしたから、
明日はお酒のかわりにお茶でも持ってゆきます。








きっとワタシが来ると嬉しいだろうなぁ……。
c0090535_00294574.jpg

まぁ、これでも一応一人娘だったもんねぇ。

by voiceTOMO-on-ami | 2016-01-11 23:25 | 捧げるコトバ<しあわせぼいす>
<< 今日はリハーサル。 順調な歩み。 >>


カテゴリ
LINK
以前の記事
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧